あ十10日

  • 2019.08.07 Wednesday
  • 07:58

おはようございます。

極楽錠前のKすがです。

 

演奏会まであと10日、です。

プログラム、お土産作成など精力的に進んでいますが、演奏面では…。

皆さんいろいろ事情がありますが、これから10日、頑張って練習していきたいところです。

 

脱力しつつ、曲全体の流れと、自分のパートの状況を考えて練習していきたいですね。

脱力には自分の体の状況をモニタリングすることが大切です。

自分の体の状態を知るのは、実は難しいことです。何度も意識を向けてみて、それで何となくわかることもあります。

ぜひ、自分の体に意識を向けてみてください。

 

今週土曜日はステリハです。それまでに自分ができることをやっていきたいと思います。

正義の教室 善く生きるための哲学入門

  • 2019.08.03 Saturday
  • 09:48

おはようございます。

極楽錠前のKすがです。

 

毎日暑いですねー。今週になって急に暑くなり、ややへばり気味です。

とはいえ、運動していると、汗が出やすくなっているらしく、熱中症にもなりにくいらしいですよ。

軽いウォーキングなどから始めてもいいかもしれませんね。

 

本日ご紹介するのは、正義の教室 善く生きるための哲学入門。

飲茶 著、ダイヤモンド社発行

 

最近よくありがちな、学問のおまとめ本です。倫理についてのすごく大雑把なまとめを、4人の学生&先生のやりとりで解説するという本。功利主義、自由主義、宗教主義と構造主義を、すごーくシンプルかつ分かりやすく説明してくれています。

 

倫理学には興味があり、いままでずいぶんいろんな本を読んできましたが、結構途中で挫折が多かった。倫理学の本は、概して用語が難しく、かつ独特の言葉遣いをする人が多い。また訳本などは、やはりその世界のことを理解している人が訳さないとわけがわからないのですが、倫理学というのが独特の言語体系があるような気がしまして、どうしても途中から何を言っているのがわからなくなってしまう場合が多かったのです。

 

たぶん、倫理を考える方というのは、ち密に考えて、様々なことを考えていくうちに、例外や言い訳や、様々な状況での考え方の違いを細かく説明することになってしまっているように思います。そうすると、どんどん表現が複雑になりわかりにくくなる。かつ抽象的なことが多いので、とても解釈が難しいのだと思います。

 

この本は、そういったことが一切ありません。私の好きな、「まじめな人が考えすぎているうちにすっとこどっこいになってしまった」、という例まで紹介してくれて、楽しみながら倫理学を学べる、正義とは何かを考えられます。

 

例えば、功利主義といえばベンサムの「最大多数の最大幸福」ということが有名ですが、ベンサムはこの考えに取りつかれた挙句、幸福測定機械というものを作ろうと思ったこともあったようで、どうやったら人間の幸福が定量化できるか真剣に考えていたようです。また、当時、キリスト教社会で最後の審判による復活が信じられていたにもかかわらず、「医学の発達には、死者の解剖が不可欠だし、死体は痛くないのだから、死体は全員解剖できるように法律を作ろう」という活動もしていたそうです。自分自身が死んだときにも、もちろん解剖に遺体を提供したそうです。その後、ミイラにしてみんなに見せることも、みんなのメリットになると考え、死体はミイラ化させ、大学の会議室にイスに座った形でベンサムは今も存在しているとのこと。残念ながら頭がもげてしまったようで、しばらく前まで、頭は椅子の横に置かれていた、というシュールな状況が続いていたそうです。

 

他の自由主義、宗教主義についても、とても分かりやすい説明がされていますので、是非一読を!

 

 

違和感

  • 2019.07.30 Tuesday
  • 07:04

おはようございます。

極楽錠前のKすがです。

 

昨日、自分の中でずっと続いている感情が違和感である、ということを書きました。

いろんなことが腑に落ちない。腑に落ちるまで相手と話せることがない、ということが一番の原因かもしれません。

 

社会はいろいろな「プレ・インストール」した考え方が、OSとして存在していると思うのです。これを「プレ・インストールアプリ」としておきます。

例えば、「人に迷惑をかけてはいけない」とか「法律に従う」とか「身近な人になら甘えていい」とか、「上司には逆らえない」とか。(私はそうは思っていないことが多いですが)

ここにあげた以外にも、いろいろな「プレ・インストール」された考えがあると思うのです。「プレ・インストール」された考え方は、時代や地域や個人の経験によって異なるでしょう。おおむね、社会生活を円滑に送っている方は、多くの方が持っている「プレ・インストールアプリ」と共通であるだろうと思われます。

 

で、OSと同じで、各々の心にインストールされた「プレ・インストールアプリ」は、ほぼ意識しないで動きます。すべての実行アプリの基礎となるものですから、それ自体の意味合いをいちいち考えていては、作業が滞るのです。OSがマウスの動き方やクリック時の動作や、作業環境を整えてくれているから、私たちがすいすい仕事ができるように、「プレ・インストールアプリ」が私たちの心にインストールされているので、私たちは何かあった時にすぐに反応できる。

 

というか、反応はできるけど、考えていない場合すらあると思います。

「プレ・インストールアプリ」は便利なので、その人の考えるコスト(脳みその力)や時間を削減してくれます。また、繰り返し実行してきたことなので、「当たり前感」が伴い、そのことによって自信が持てることもメリットです。

ところが、コスト削減効果によって、「なぜ?」と問うことがなくなってしまうような気がします。「家族を大切にする」「なぜ?」「戦争はいけない」「なぜ?」「他人に迷惑をかけないように」「なぜ?」

 

確かに普段から、こんな問いをしていると、ひとつひとつの作業に時間がかかって仕方ありません。だから普通の生活の中でこういった問いを発することはなくてもかまわないのですが、では、誰かと話し合う時はどうでしょうか。「プレ・インストールアプリ」に常に従っている人は、そういった問いに対して、「それは当たり前だろう」「考えたこともなかった」「法治国家だから」という思考停止的な答えしか出てこないことに陥りそうです。

 

で、私はこういう時に、たまらない違和感を感じるのです。

自分に「プレ・インストールアプリ」がないわけではないのですが、もともと私にインストールされたアプリが他人と異なるものだったらしく、そもそもいろんなことに「なぜ?」と問いたい気持ちがあります。しかし、それ以上に、なぜ他人がある考え方に腑に落ちていなくても、その考え方に従っているのか、というのがとても不思議なのです。「当たり前だろう」というなら、なぜ当たり前か説明してほしいし、「考えたこともなかった」というなら、今から考えてほしい、と思ってしまいます。

 

自分では、なぜ、こうなっているのか、腑に落ちたいのです。

世界がどうなっているのか、人は何を考えているのか、知って腑に落ちたいのが自分のようです。

その大本(おおもと)になっているのが、他人や自分の「プレ・インストールアプリ」に対する違和感であり、それに対する他人の反応でもあります。

 

もちろん、誰かと話をしていて腑に落ちる場合もあるのはあるのですが…。頻度がどうも低いのか…。

 

 

違和感

  • 2019.07.29 Monday
  • 22:23

こんばんは。極楽錠前のKすがです。

 

人間、仕事でも趣味でもうまくいくときもあれば、そうでもない時もあって、日々、気分は変わるものです。

気持ちが不安定なこともあり、変に自信がある日もあります。

ただ、主にその人が持っている、というか、その人を覆っている気分というのは、長い時間の中で変わっていくことはあっても、短期間で変わるわけではないようです。例えば、気難しい人は主に不機嫌な気分で覆われていることがおおいでしょうし、楽観的で明るい人は陽気な気分でいることが多いでしょう。

 

では、私は、というと、以前(といってもだいぶ昔、子供の頃)は悲しい気分だったり怒りだったりが多かったように思います。いまはそれほど悲しみに包まれることはないですが、それほど楽観的でもなく、心配性ですし、楽しい気分が続くというよりは、フツーでテンションが低いことが多いです。

それにもまして多いのは、実は違和感です。自分がどうも、この世界の異分子であるような気がしている。それは、小さい頃からずっと持っていて、今も持っているものです。家族や学校や会社や趣味の世界や、とにかく、いろいろいろいろ、違和感がある。別に、慣れていることなので問題があるわけではないのですが、どうしても世界になじめないような気がしています。

 

中高生の頃なら、いわゆる「厨二病」という解釈もできるのでしょうが、(例えば自分だけが世界に選ばれた人間だ、とか、選民意識いっぱいの解釈もできるでしょう)残念ながらそういう気分ではなく、なじめないと思うだけです。正直、何を人が考えているかわからない。自分の考えていることを話しても理解してもらえている気分がしない。

 

例えば、家族や宗教や会社が大事などの、いろいろな価値観がわからないです。自分の遺伝子が大事だったり、死が恐怖だったりすることも、なんとなく他の人と違う感覚があります。ただ、そういうことも、ちゃんと話せる人が少ないので、違和感だけが高まってしまうのです。

 

そういうのは厨二病の延長線上なのかもしれませんが、どうしても自分の中で違和感がぬぐえないでいます。みなさんは、世界とつながっているように思えますか?私にはよくわからないのです。

極楽錠前練習

  • 2019.07.28 Sunday
  • 22:10

こんばんは。極楽錠前のKすがです。

 

昨日は極楽錠前の練習でした。演奏会まであと1か月を切り、いよいよ練習も大詰めになってきました。

 

しかし、毎回思いますのは、練習は裏切らないってことです。

練習をやればやるだけ成果が出ます。もちろん、適切な練習が必要ではあります。

たとえば、16分音符の早いクロマティックスケールは、リコーダーにとって結構難しいですので、やはり練習は必要です。

細かく早い音符の連なりをうまく吹くには脱力が有効な練習であるのは間違いないですが、それ以前に、練習する時間は絶対必要です。

音楽的な練習ももちろん必要で、フレージング、テンポ、アーティキュレーションなど複数の要素を適切に表現できるには、やはり何回も練習する必要があります。

 

結局、我々アマチュアは、練習しすぎたり、練習しても上手くならないくらい練習できることはほとんどなく、練習すればするだけ向上するように(今のところは)思います。

 

ですので、今、まだ課題を感じている極楽錠前メンバーは、ぜひ個人練習をしていただけたらと思います。

みなさんお忙しいですし、時間もない中ですが、演奏会まで最後のあがきってことで、頑張っていきたいなと思います。

 

ちなみにプログラムもそろそろ大詰めですし、今回のお土産も頑張って制作中です。

プログラムは例によって16ページのボリューム!ぜひ本番でお楽しみいただければ幸いです。

SDG's

  • 2019.07.26 Friday
  • 07:25

おはようございます。

極楽錠前のKすがです。

 

仕事の関係でSDG'sについて考えることが多いのですが、みなさんSDG'sはご存知でしょうか?

Sustainable Development Goalsの略で2030年までの、全世界の目標です。人類が発展していくために、解決していきたい課題、とでも言いましょうか。17個の課題から構成されていて、例えば、「貧困の撲滅」や「十分な食料」「きれいな水とトイレ」「海洋地域の環境保全」などの課題があります。国連が、持続可能な開発を目指し「だれ一人取り残さない」目標として、SDG'sを掲げています。企業の目標を定める際にも引用されることが多いもので、最近はTVコマーシャルにも出てくることがあります。

 

なんだか難しそうですが、私としては21世紀の心のよりどころになるものかもしれないな、と思っています。

心のよりどころ…という言葉と、前段の説明がそぐわないような気がする方もいるかもしれませんが…。少し説明が必要ですね。

 

人間は、意識が芽生えてしまったころから、心のよりどころが必要だったように思います。例えば、死の概念が理解できた頃から、墓や弔いの儀式が発生してきたと言われています。親しい人の突然の死を受け入れ、自分の心の動揺を少なくする、あるいは自分の死を予感しても安心しているためには、よりどころとなる考え方(例えば、死とは来世への旅立ちである、とか、いつかその人たちが復活する等)が必要だったのだろうと思います。長いこと、宗教というものが心のよりどころの役割を果たしてきました。が、産業革命以降、神は死んだ、という考えも出てきました。死んだ、というのはもちろん比ゆ的な意味で、神の存在に人が意味を見出さなくなったということだと思います。つまり神は心のよりどころではなくなった。

 

それ以降、経済というものが心のよりどころになってきた地域は多いかもしれません。戦争が多発したのも、経済を追求してきたからのように私には思えます。また、日本では社会規範、自分のコミュニティの保護、家族という心のよりどころが強かった時代があったように思います。科学というのがよりどころにもなってきたでしょうし、宗教が相変わらず心のよりどころであることも多いと思います。とはいえ、どれも限界があって、人類が全員で信じるに値するものは、21世紀になって存在しなくなってしまったのだと思います。

 

SDG'sはその中で新しい提案なのかもしれないと思います。国連という世界機関の中で、人類ってこういう方向に行った方がいいんじゃないか?という提案です。で、それが正しいかどうかわからないけど、それを目標にみんなで進んでいこう、という心のよりどころになりうるものです。

 

そもそも、自分以外の人がどうあったところで、「知ったこっちゃない」という考え方があってもおかしくない。

そんな中で、国籍も人種も関係なく、「だれ一人取り残さない」なんて考え方は、今までの世の中ではなかったかもしれません。こういう課題を、全世界で解決していこう、みんなを巻き込んでそういう世界を作ろう、なんて、宗教がかっているように思いませんか?国連がやってきたことは、この考え方を「グローバル・スタンダード」にして、国や企業の力で個人の考え方を変革しようとしてきたことだと思っています。みんなの心のよりどころを変えてきたんだな、と思うのです。

 

とはいえ、私はこれは悪いことではないと思っています。人間、何かしら心のよりどころは必要なんです。自分のやっていることに意味を見出し、自分の周辺や世界に何かしら貢献し、自分の生き方に満足して行きたい。そういう中で、宗教も経済も心のよりどころにならなくなったところに、SDG'sというこれからの目標ができたというのは喜ばしいことのように思います。実際、世界の役に立ちそうな目標だしね。最近は、グローバル・スタンダードってことで、知っていても損はないことになっております。

 

ま、そんなことでご興味ある方は外務省のサイト↓へ。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html


 

 

人の話を聞くこと

  • 2019.07.24 Wednesday
  • 23:46

こんばんは。極楽錠前のKすがです。


以前のブログで、昨年他人の話を聞く練習をしたという事を書きました。


人は、ある程度他人に話を聞いてもらった方がいいらしいし、できればそれは互恵的であると良いですよね。話を聞いてもらうのは、とても癒やしになる場合があるようですが、でも、聞く方も癒される場合があります。


不幸な例というのは、話を聞いているようで、話を聞いてない人に、聞いてもらう場合です。お互い面白い雰囲気だけど、勝手に自分の話をしてるだけで、聞いちゃいないっていう。割と世間にありがちなパターンでもあります。


このパターンに陥ると、話を聞いてもらえない不満が溜まってしまい、むしろストレスが高まるという事になります。で、話をしてる方は長話になるは、繰り返しは多くなるは、聞いている方は飽きてくるは、話をしてる方も聞いている方も不幸になります。


こういう時は、聞く方はとにかくちゃんと話を聞く事が大事です。あまり口を挟まず、相手の喋るペースで話させてあげる。特に悩んでる人は、話がいきつ戻りつになりがちなので、話を整理しつつ、相手が何を考えて感じているか、フィードバックします。


うまくいくと、相手は自分が本当はどうしたかったのか、自分で理解できるようになり、お互いがスッキリした感じになります。この過程では、聞き手のアドバイスや独自の意見はほとんど必要なく、話し手、語り手がどう感じてどう考えているか、を理解することだけで充分です。というか、アドバイスや独自の意見はむしろ邪魔なくらいです。


聞き手は、ただ、相手が自分の考えている事を捉えて、「こういう事を、感じて考えているんですね」と言うだけで、とても相手はスッキリして、お互いに理解できるという感じになれます。聞き手は、ほかに何も言わなくても、充分癒されます。

こうなると、なぜか、話し手も前向きになったりするんです。


他人と話して、イライラする時には、こんな事を思い出してみてください。ちゃんと聞ける、わかってもらえると、お互いスッキリするみたいです。

俺至上主義者に対するストレス

  • 2019.07.19 Friday
  • 06:54

おはようございます。

極楽錠前のKすがです。

 

変な時間に目覚めて、寝られなくなってしまうことがあります。

不眠は、年齢のせいとか、PCやスマホの見過ぎ、ストレス、飲酒など、いろいろ理由があるようです。

 

自分の場合は、どれも当てはまってしまうのですが、自分なりに振り返ってみると、ストレスが強い時に寝られなくなっている気がします。年齢もそれなりだし、会社でPC見っぱなしだし、飲酒は頻度が多すぎて…、って毎日不眠するしかないじゃないか!ですが、何か嫌なことや気になることがあり、ろくでもないことを考えて、眼が冴えてしまうってのは、やはりストレスなんでしょうね。

 

とはいえ、良くありがちな人間関係のストレスというのは、ここ最近ずいぶん頻度が減りました。

嫌いな人とは適度に付き合う、ということと、他人は自分が思うようには動かないということが、ある程度わかったからかもしれません。私はもともと他人に対する期待度が高かったようで、そういう時ってストレスが多いですよね。

 

とはいえ、いまだに私は期待を持ってしまう人がいます。それは組織の中で立場が上の人や、威張っている人に対してです。

まあ、会社で他人よりお金をもらっているならしっかり働け、威張るくらいならちゃんとやってみろ、と思ってしまうわけです。

で、残念ながら、その人たちが大活躍していたことを、私は知らなかったりするんですよね。実際大活躍していたのかしていないのかわからないので、他の人と同じようにフツーに尊重する以上の感覚を、私は持てないのです。立場が上だからって、何でも言うことを聞く、とか、その人の言ったことが何でも正しいとは、まったく思いません。理由が明確でやる必要があると感じられたことを言われたらやる、という感覚です。立場が上の人でも、おかしなことを言われたと思ったら、反対意見をフツーに言います。

 

で、変なプライドを持っている人だと、そういったフツーの対応をされると、機嫌が悪い場合があるようです。俺至上主義というか、立場が下の人に少しでも反対されると、個人的に攻撃を受けたように感じるのでしょうか。自分が大事にされていない感覚を持ってしまうのかもしれません。だんだん年をとって、組織の中で自分の立場が上になり、自分の意見に異を唱える人が少なくなってくると、そういった精神状態が当たり前になってしまうのかも。ちょっとしたことで、機嫌が悪くなって、無理難題を押し付けたり、弱い人にあたったりしている俺至上主義者がいると、自分がターゲットになっているわけじゃないのに、ストレスを感じてしまったりします。

 

たぶん、私は俺至上主義者から、直接的に被害を被ることはないと思います。なぜなら、そういう加害者は被害者になりやすい人を直感的にかぎ分けているからです。自分の言うことを聞いてくれそうな人、自分の立場が上であるということを、無条件で受け入れそうな人を無意識で探しているから。その条件に私は当てはまりません。

 

そういう人から被害を受けることも、その人自体に期待することも、私はないのですが、その人を上の立場に置いている組織に怒りを感じ、ストレスとなっています。自分が被害を受けないからと言って、それで問題ない、と思えないです。

 

…と、ここまで書いてきて、自分が被害を受けなければそれでよい、と思わないことも、一つ健全な考えであるような気がしてきました。緊急避難的に「自分に被害がなければOK」と思うことは当然ですが、ずっとその状況下にいるのは不健全でしょう。健全であるがゆえに、ストレスを感じるのであれば、それはある程度仕方がないことなのかもしれません。

ストレスが全くないことはあり得ませんし、正しくストレスを感じて、適切に対処できるようになっていれば良いんだなと思います。

でも、やっぱ俺至上主義者は、組織の上の方にいてほしくない!

 

演奏に役立つマインドフルネス

  • 2019.07.18 Thursday
  • 07:09

おはようございます。 極楽錠前のKすがです。

 

合宿が終わり、いよいよ本番まであと1か月ということになりました。 本番で感じるのですが、人間は焦ったり疲れるとテンポが速くなりますね。 合宿の最終日、通し練習をしましたが、どんどんテンポが速くなりました。

 

これはやっぱり、何かしらの原因があるんでしょうね。帰りの電車の中でA子さんが言っていましたが、 「疲れて息が上がってくると、みんなどんどん速くなる」 ということも原因の一つでしょう。

心理的な焦りが実際の演奏のテンポに反映されるということもあるでしょう。

もう一つ、モニタリングができなくなるということも原因の一つだろうと思っています。

疲労や焦りから、脳みその能力が少しダウンする→モニタリングの機能が下がる→自分の状態をモニタリングできなくなる→テンポの乱れになる この場合、テンポの乱れだけでなくて音の間違いだったり、音程がうまく取れないということにもつながります。

 

実は、自分の演奏しているテンポ(音程なども)を正しくモニタリングし、フィードバックをかけていくのは結構難しい技術だな、と思います。 正しくモニタリングするには、疲れない、焦らないということが基本なのだろうと思いますが、 そんな時に役立つのがマインドフルネスだと思います。 マインドフルネスは自分の気持ちのコントロールにも役立ちます。 自分の体の状態をモニタリングする、ボディスキャンというプログラムや、 レーズンを食べるプロセスを丁寧に感じる、レーズンエクササイズが役に立ちそうです。

 

ボディスキャンは静かに横になって、呼吸に意識を集中させたのち、体の端から端まで、自分の意識を動かしていきます。 例えば、右足の先端がどうなっているか感じ、その次にふくらはぎ、膝、腿など意識を徐々に違う部分に動かしていきます。 「少し暖かい」「布団の感触がやわらかい」など、自分の体がどう感じているか、細かく見ていきます。 こうすることで、自分の意識がどこにあって、体がどう感じているか、普段から感じやすくなっていきます。

 

レーズンエクササイズでは、レーズンを1粒食べるのですが、食べる前ににおいをかぎ、形をよく見て、 レーズンがどのような状態かをよく観察します。食べるときも、口の中で感触をよく確認してから噛み、柔らかい感触、 丸い形、味、香りなどを感じながら、ゆっくり食べます。時間としては5分程度かけて丁寧にレーズンのすべてを 味わっていきます。このことで、何か一つの対象をゆっくりとモニターし、感じることができるようになっていきます。

 

マインドフルネスは、「いま、ここ」に意識を戻す練習ですので、自分の「今の体、今の意識」に気づく訓練になると思います。 とくに上に紹介したエクササイズは演奏の際の落ち着きを取り戻し、自分のモニタリング能力を上げるのに役立ちそうです。

 

あと1か月、マインドフルネスも活用して良い本番にしたいと思います!

合宿最終日

  • 2019.07.15 Monday
  • 23:07

こんにちは!

極楽錠前のKすがです。


本日は合宿最終日、昨日までの練習と飲みと食事の用意でだいぶお疲れで、最後の仕上げの通し練習の出来がイマイチです。わたしもだいぶ思った通りにできないところがありましたし、皆さんも・・・思わぬところで落ちていました。

まあ、皆さん疲れているんだろうなー。


後1カ月の中で何とかまとめて行きたいです。

参加の皆さん、お疲れ様でした!ありがとうございました。

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