ジョハリの窓とか浄玻璃の鏡とか

  • 2017.07.19 Wednesday
  • 22:40

こんばんは!

極楽錠前のKすがです。

 

心理学やコミュニケーション論で、出てくる言葉で「ジョハリの窓」というのがありますね。

自分が知っている「自分の特徴」、他人が知っている「自分の特徴」を、その適合状態ごとに4パターン(窓のように見える枠)に分類することで自己理解のズレに気づき、それを受け入れることで他人とのコミュニケーションを円滑にする、心理学ではよく使われているフレームワーク(手法)です。

 「開放の窓」  自分も他人も知っている自己 「盲点の窓」  自分は気がついていないが、 他人は知っている自己 「秘密の窓」  自分は知っているが、 他人は気づいていない自己 「未知の窓」  誰からもまだ知られていない自己

人間は、この4つのフレームを必ず持っており、「解放の窓」と「盲点の窓」の内容がずれていると、他者とのコミュニケーションが難しくなると言われています。また「秘密の窓」が大きすぎると、やはりコミュニケーションに難を生じることもあるようです。

ですので、できるかぎり「盲点の窓」「秘密の窓」にある自己を「解放の窓」に移行させる方が、コミュニケーションを円滑にさせることができるようです。

 

ちなみに、「ジョハリの窓」はジョセフ・ルフト (Joseph Luft) とハリー・インガム (Harry Ingham) を合わせた名前から来ているようで、「浄玻璃の鏡」から来ているわけではありません。でも、閻魔様の前で過去の自分を見せる鏡=浄玻璃の鏡と、ジョハリの窓の機能が、なんだか似ているような気がしちゃいます。

 

「盲点の窓」を心理学のワークの中で知っていくのは、興味深いし自己の理解が進むと思います。が、普通の生活の中で自分の「盲点の窓」を他人に指摘されると、とても嫌がる人もいます。自分の理解は完ぺきだと思っており、他人から見えている自分は、「他人からの誤解だ」と思ってしまう。ですが、うすうす自分でもその点に気づいていて、無視している場合もあるので、それを他人に気づかされると、とても腹立たしく思うわけです。(もしも、他人からの指摘が本当に的を得ておらず、まったく自分の性格に関係ない場合は、わけがわからず、キョトンとしてしまうでしょう。)

 

人間は、ジョハリの4つの窓をある程度の大きさやバランスで持っているので、どんな人でも自分の自己理解が完ぺきということはありません。他人からの指摘が腹立たしい場合は、むしろ自分が無視をしたい自己の性格を指摘されているのかもしれません。

閻魔様の前で「俺はそんな性格じゃない!」と言ったところで、浄玻璃の鏡が正直にあなたの心を映します。誰かからの指摘に、やけに腹立たしいことがあった時には、ジョハリの窓と浄玻璃の鏡を思い出してみてください。

 

演奏会まであと31日。

 

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