『現在・過去・未来』の過去3

  • 2017.07.01 Saturday
  • 01:05

こんばんは!

極楽錠前のKすがです。

 

昨日一昨日とずいぶん長い文章でスミマセン。抱えてきたものが大きいということで勘弁してください。

 

ところで、末井さんのダイナマイトで自殺した母親の話。末井さんにとってはだいぶトラウマだったりしたので、ずいぶん多くの人にその話を語っていたようです。あるとき、仲良くなった人に何回目かのその話をしていたら、「あなたにとっては、それが売りなのね」と冷たく言われて、それ以来しばらく母親の話をしなくなったとか。でも写真家のKUMAさんこと篠原勝之さんにその話をしたら、「スエイ、それはすごいぞ!」とエラク受けて、それが末井さんに大きな力を与えてくれたそうです。

 

ちなみに、私の話は、ある程度の範囲の人には言っていますが、それほど多くの人に言っているわけではありません。それを売りにするほど強くもないし、言ったところで相手がその話を必ずしも理解することはないと思っています。実際、ある程度まで話したら、「あー、そういう話はしなくていいよ」と言われたこともあります。人間のキャパは意外と小さいもので、ちょっと自分のキャパを超えた話とか、同じ話を何回かしていると、「よくわからない」「あーまた同じ話ね」という反応になる人は多いかもしれません。そういう人も、実は自分の中には他人にはわからないものを抱えて、同じことをぐだぐだと言いたいのを我慢しているので、ほかの人がよくわからない同じ話をするのが嫌なんじゃないかと思うんですが、違いますかね?

まあ、「話するんなら、面白い話か、ためになる話か、どっちかにしてくんない!」っていう意見もよくわかるので、どっちにしろ、ある程度の範囲内にした方がいいような気はしています。が、結局人間は100%役に立つことばっかりできるわけでもないし、面白いことをずっと言えるわけでもないので、つまんない話を繰り返しすることも、ある程度は大目に見てあげたらいいんじゃないかと思ったりします。

 

そういう私も、小学生、中学生のころ、毎日、母親と祖母から、お互いの悪口を聞かされるのは参りました。本当にこの人たちはほかに考えることはないのか、ほかにすることはないのか、と思うくらい、毎日、ピリピリしながら、お互いのあら捜しをしては、私に愚痴を垂れ流すということを繰り返していました。小学生くらいですと、そういったいがみ合いがつらくて、「お願いだから仲良くしてほしい」と言いに行ったり、お互いのメッセンジャーになっては嫌な思いをしていました。今思うと、自分のすごい馬鹿さ加減に嫌になります。まあピュアだったってことですかね。中学生の後半から高校生くらいになると、そういった嫁姑の愚痴を聞くこと自体が嫌になり、愚痴が始まると、バンっと机をたたいて外に出て行ってしばらく戻らなかったりしていました。でも、全然、効果なかったですね。嫁姑どちらも「自分はこんなにつらいのに、お前は全く分かっていない」という主張をしていました。わからなくていいし、わかりたくもない、と思います。

 

このころの影響で、他人の陰口や悪口にも極端に敏感な時期もありました。誰かの悪口を言う人がとても嫌な感じになりました。別に、今もいい感じはしませんが、まだ、「そういうことも、あるのだな」くらいには思います。でも、今でも、世間にありがちな、お互い平気な顔をしながら、相手を憎んでいるような状況を知ると、とても辛いです。

まだ、本気でお互いにぶつかってくれれば、いいんじゃないかと思います。そういうのは見ていても、「しょうがないな」って思える。そうじゃなくて、「家庭を丸く収めるため」とか「会社での関係があるから」とか「こういう関係だけの付き合いだから」みたいに、憎悪を燃やしているのに、その関係を取り繕っているみたいなのがあると、それを見ているだけで私はとても疲れてぐったりしてしまいます。

 

なぜなら、自分の家族の軋轢があった時に、ずっと、「じゃあ、やめればいいじゃん」って思っていたからです。そんなに嫌なら、家族やめればいいじゃん。本気で話し合って、無理なら、やめればいい。別れて暮らせばいいんです。くだらない「家庭が」「家が」「仕事が」というごたくを並べる必要なないです。家族が全員別れて幸せに暮らしましょうって、私は本気でずっと思っていたから。

もっとも、お互い憎みあっているのに陰口を言って付き合い続けている人たちは、本気で話し合うっていうこともしませんけどね。本気で話し合ったら、もしかすると少しは考え直せたり、改善できることもあると思います。ダメでも、本気で話し合えば、あきらめがつくというか、それなりに納得することができるように、私は思うのです。少なくとも、お互いのニーズとシーズが違うことがわかって、「違うけど、まあいいか」というあきらめもつくかもしれない。でも、母親と祖母からは「あんな人は、どうせ直りっこない、許せない」という憎しみの言葉が漏らされるだけでした。

 

その後、心理学の本で、「話をしているときに、相手がちゃんとその人の気持ちを受け取っていれば、その人は繰り返し話をすることをやめるようになる」ということを読んで、愕然としていました。あんなにずっと、愚痴を聞かされて嫌だったのは、もしかしたら、自分がちゃんと母親や祖母の話を聞いてあげなかったせいなの?私が受け取って認めてあげることができなかったから、自分がもっと嫌な思いをしたのだろうか?と思ったからです。はい、そこで「違う違う」って言っている人、正解です。聞くべきなのは私じゃないですね。父親とか祖父が聞けばよかったんです。じゃあ、この男性陣は何をしていたのか?嫁姑の話が嫌になると、さっさといなくなったり、「また同じことばかり言って!」「いいかげんにしろ!」って怒って不貞腐れたりという状況だったのです。結局、家族の状況に責任を果たすという気持ちはなくて、悪い状況を容認していただけです。

 

まあ、考えてみると、本当に使えない、頭の悪い家族でした。特に母親と祖母は、性格が悪い上に、日本語の使い方もわからない人たちで、罵りあっていても何を言っているのかわからないこともしばしばでした。また、父親は何かと自分のことを自慢するけど、人の話を聞かない、相手に対する想像力がない人でした。自分でちゃんと言わないことを、私に理解するように強要したり、謝るべきことがあっても謝らないのも、とても嫌な感じでした。「謝るほうが良いと思うけど、誤りたくない、それはお前はわかるだろう」と言われたこともあります。その時は、非常に腹立たしかったです。何かというと、父母も祖父母も「自分が犠牲になればいいのだろう」「自分一人が我慢すれば、あなた方はそれでいいんだろう」と言って、言いたいことを言わなかったり、自分の不快感を表しました。さて、そう言われた子供は、どうしたらいいんでしょうか?

 

なので、正直、自分の家族を友達や知り合いに紹介するのは、とても気が引けました。でも、一時期、極楽で長野に行っていたりしましたよね。そんなに紹介したくないなら、なぜ、わざわざ極楽企画にしたのか?それは、自分一人で実家に帰るのが嫌だったから。その前は大学の友人とスキーに行きがてら実家に帰ったりして、とにかく自分一人で親に会わないようにしようというのが、10代後半〜20代前半の私の作戦でした。みんなを自分の都合で使ってしまってごめんなさい。

 

この話、そろそろやめた方がいいのかな。

演奏会まであと50日。

 

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