「現在・過去・未来」の過去2

  • 2017.06.29 Thursday
  • 07:01

こんばんは!

極楽錠前のKすがです。

 

過去にまつわる話として、私のろくでもない幼少期の話がまだ続きます。

 

さて、学校でいじめにあっていたことは家族も知っていましたし、しょっちゅう担任が家庭訪問しに来ていました。担任は独身で一人暮らしだったので、良く私のうちで夕食を食べていきました。いじめは特に解決しませんでした。役に立たないですね。

自分で思うには、学校に行かなければよかったのではないかと、今は考えられます。しかし、当時、祖父が良く言っていたのは「我慢しろ」ということでした。家庭のことも学校のことも、特に対策はなく「我慢しろ」でした。祖父は特に悪い人ではないように記憶していますが、何かを解決する意欲はなかったんでしょうね。結局、病気以外では休むこともできず、毎日、猫背でうなだれながら私は登校していたように思います。楽しみは絵を描くことと、本を読むこと。一人でいるしかなかったので、そういう楽しみだけでなんとか生き永らえていました。

 

そんなわけで、いじめは特になくなることもなく、小学校6年まで続きました。小学校はクラス替えがなかったのです。

昨日お話しした以外にも、以下のようないじめがありました。

・図工の時間に、色セロハンと黒いボール紙を使って、ステンドグラスもどきを作りました。私は椿の花をモチーフに、とてもきれいな作品を作って満足していたのですが、それを見ていたいじめっ子は、作品にナイフを入れて壊してしまいました。

・輪ゴムをパチンコにして遊んでいたいじめっ子が、パチンコの先を私の首に近づけて、「絶対動くな」と言って、どれくらいみみずばれができるのか、実験しました。おかげさまで20代くらいまで輪ゴムに触るのが怖かったし、今も、輪ゴムが伸びているのを見ると、ちょっと嫌な感じがします。

・頭が良かった私は、学校の状況が悪くてもテストの成績は良かったようです。いじめっ子はそれが気に入らなくて、「テストではわざと間違えろ」と言ってきました。

・お前は汚い人間だから、がずがびざえという名前に改名しろと言われました。

・私のことではなく、先だってのいじめられていた男子の話ですが、こちらの方が相当過酷ないじめを受けていました。トイレに閉じ込められて、上から水をかけられる、とか、女子のトイレに行って使用済み生理用品を取って来いと言われる、殴られるけられる、持っているものを壊される、パンツを脱がされるのは、日常的な事でした。その子はいじめられる前は、基本的に頭の良い、いい子だったように思います。

 

妹は特にいじめられることなく、普通に学校生活を送っていたようなので、何がどう作用してこのような状況になるのか、私にはわかりません。ただ、普通の人でも「人間の判断というのは、強者に流されるものだ」「自分がいじめられることになるよりは、他人がいじめられるほうが良いし、助けない」ということは身に染みてわかりました。自分で「いじめは嫌だ」と思っていたとしても、自分に火の粉が降りかかるような状況なら、他人が死にそうになっていてもほおっておくことはあるのだと思うようになりました。

 

小学校の担任は、体育の教師で、いじめ問題を悩み、生徒をバンバン殴るわ、殴った自分が嫌で机を殴って指を骨折するわ、なんだかよくわからない熱血な感じを醸し出していました。で、私が小学校を卒業した年の3月に、同じ学校の事務の先生と結婚したのだけど、その時にはいじめっ子連中が結婚式に呼ばれ、私をはじめとしたいじめられっ子は呼ばれないということになっていました。このころに「体育教師は馬鹿でどうしようもない」という偏見が作られたように思います。

 

また、3年間もいじめ問題が解決されることなく、耐えて過ごしていたため、「自分の本当の辛い気持ちを分かってくれる人はいない」、という気分が強くなりました。いじめられていても、学校に通って良い成績を取っていれば、親にとっても他人にとっても、何も問題はないんです。いじめがある時代を、なんとかやり過ごせば、他人にとってはどうということはないんです。今時は不登校とか引きこもりになる人がたくさんいるけど、そういった表に出てくる問題がなければ、問題自体はないものになりうるんだと思いました。

 

中学校に上がって、急にいじめはなくなりました。別の小学校の生徒が半数くらい混じってきたこと、いじめっ子とはクラスが別れたこと、たぶん、いじめっ子もいじめに飽きたというのが理由だと思います。いじめに飽きるってことは、あると思います。まあ、いじめっ子にとっては、その程度の趣味なんだろうなと思います。他人の人格を壊しても、飽きるときは飽きる。そして、忘れて「自分は楽しい小学校時代を送った」と思うんじゃないかと。実際にいじめっ子に話を聞いたことはありませんが、他人の苦しみなど、自分にとってはどうということはない、ということなんだろうと思います。
 

中学校では、吹奏楽部に入り、友達もできて、普通の(変な)中学生になれたような気がします。YMOが好きで、YMOの腕章をして学校に通ったり、太宰治の人間失格に感動したりする変な中学生でしたけど、今までの世の中と比べたら、ずっとよくなりました。家庭の状況は相変わらず良くなかったですが、学校は楽しかったように記憶しています。女子は「マッチー」「としちゃんー」って言ってるだけだったし、くだらないいじめをする人もいなくなったので、ある意味普通の世界にようやく生きていけるようになったのだと思います。中学校の時に初めて友達になってくれたKずちゃんには、とても感謝しています。

 

中学校で吹奏楽をやっていましたが、高校では吹奏楽を辞めました。私の行っていた高校は、吹奏楽の強豪校で、全国大会にも出ていたため3年生の夏休みまで強化練習がありました。吹奏楽をやっていると浪人する、というのが定説だったので、あっさり吹奏楽をあきらめたのです。もっとも、高校になってまで音楽をやっていると、実家の音楽教室を継ぐように言われる可能性もあるかもしれないと思い、「実家を離れられないなんて、そんな辛いことをするよりは、音楽をやめたほうがいい」と思ったからでもあります。高校では、理化班、映画班、写真班に所属して、文科系な日々を送りました。そうなんです。私には音楽がなくても何も問題ないんです。理化班で、トランプゲームをしたり、写真班の暗室で写真をゆらゆらしていれば、それでよかったんです。私は結局、クラスの中にはなじめませんでしたけど、その程度なら、まあいいやって感じでした。体育教師にはなぜかやっぱり嫌われていて、(運動嫌いだから仕方ないか)なんとなく嫌な感じではありました。けど、まあそんなもんだなと。私も体育教師が嫌いだし、体育教師も私が嫌いだったってだけです。高校は自由な感じで、楽でした。勉強は、社会と物理以外嫌いじゃなかったので、学生の身分でいるということも受験も嫌ではありませんでした。受験戦争なんて、いじめに比べたら、屁のようなもんです。勉強して結果が出ることも出ないこともあるけど、理不尽なことはないです。

 

今日も長くなりました。すみません。まだ続きます。

演奏会まであと50日。

 

 

 

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